分断されたサービスから統合型オペレーティングモデルへ
業界を問わず、多くの組織は、断片化したデータ、縦割り化した組織構造、そして価値創出プロセスの可視性不足という課題を抱えています。都市行政もまた、より大規模かつ複雑な形で同様の課題に直面しています。公共サービスは、効率性だけではなく、政治的調整、法的制約、そして既存の運営体制によって形作られているため、透明性、一貫性、そしてシステム横断的な連携が極めて重要になります。
フィンランドのトゥルク市は、自治体サービスの定義、管理、ガバナンスのあり方を根本から見直す取り組みに着手しました。部門主導型の組織から脱却し、サービスを中心とした統合型システムへ移行することで、ライフサイクル全体を見据えた包括的な運営モデルを目指したのです。
その実現のため、トゥルク市は Aras Innovator を活用し、公共サービスを「製品」のようにモデル化しています。これにより、組織全体にわたる透明性、一貫性、そして戦略的統制を強化すると同時に、市全体を個別部門の集合体ではなく、相互につながる一つの統合システムとして運営できるようになりました。
組織について
トゥルク市はフィンランド最古の都市であり、多様な住民構成を持つ主要な都市圏のひとつです。特に大規模な学生コミュニティを抱えている点が特徴です。多くの公共部門組織と同様に、トゥルク市は北欧型福祉モデルのもとで運営されており、教育、医療、福祉支援、文化、インフラなど、幅広い公共サービスを提供しています。
2023年、フィンランドにおける全国的なウェルビーイングサービス改革により、自治体運営のあり方は大きく変化しました。この改革では、多くの責任が自治体へ移管されると同時に、限られたリソースの中で、より一貫性があり、市民中心のサービス提供が求められるようになりました。
トゥルク市にとって、これは単なる制度変更ではなく、変革の契機となりました。市は段階的な改善に留まるのではなく、「Uusi Turku(ニュー・トゥルク)」という長期的な変革プログラムを立ち上げ、市全体のガバナンスと運営モデルの近代化に着手しました。
このプログラムは、フィンランド政府主導の AuroraAI プログラムからも影響を受けており、次の二つの相互補完的な原則に基づいています。市民一人ひとりの人生全体を通じたニーズに焦点を当てる「人中心のリーダーシップ」、都市の経済活力と魅力を強化する「ビジネス中心のリーダーシップ」です。
Uusi Turku は、「市民のウェルビーイング」と「地域経済の発展」は相互依存関係にあり、優れたガバナンスはその両方に貢献すべきである、という考え方を基盤としています。
課題
変革以前のトゥルク市は、根本的な構造上の課題を抱えていました。それは、市が提供するサービス全体を統一的に把握できていなかったことです。各部門が独自にサービス、データ、プロセスを管理していたため、組織全体としての連携ではなく、分断が生じていました。
その結果、以下のような問題が発生していました。
- 単一の信頼できる情報基盤(Single Source of Truth)が存在しない
- 提供中サービス全体を俯瞰できる統合ビューがない
- サービス同士の関係性が明確でない
- 部門ごとにデータが分断されている
- リソース配分やコストに関する透明性が限定的
また、異なる部門が類似サービスをそれぞれ異なる形で定義・説明していたため、比較や部門横断での調整が困難になっていました。財務計画も、実際のサービス構造とは十分に結び付いておらず、データは組織の境界ごとに分散されたままでした。
こうしたモデルの限界は、複数部門や複数事業者にまたがるサービスにおいて特に顕著でした。市民ニーズの多くは、単独サービスだけでは対応できなくなり、複数のサービスや接点を横断する「サービスパス」としての連携が必要になっていたのです。
例えば、保育や幼児教育サービスは、市民から見れば一体化された一つのサービスに見えます。しかし実際には、公立保育施設、民間事業者、デジタル申請システムなど、多数の提供主体や運営モデル、アクセスポイントで構成されていました。それにもかかわらず、内部ではそれぞれが個別に管理されていたのです。
同様の構造は、高齢者ケアや都市モビリティ分野にも存在していました。インフラ、デジタルインターフェース、運営プロセスが相互接続されたシステムを形成していた一方で、人口動態の変化、デジタル化への期待、社会課題の複雑化により、従来型モデルの限界はますます明らかになっていました。
こうした状況を踏まえ、トゥルク市は「個別サービスの改善だけでは不十分である」と結論づけました。必要だったのは、都市全体のサービス構造とガバナンスそのものを根本から再設計する、新しいアプローチだったのです。
以前から優れたサービスは存在していました。しかし、それらは縦割り組織の中で運営されていたのです。そのため、市全体のサービス像を包括的に把握することができませんでした。
— ユハ・マルミヴィルタトゥルク市 エンタープライズアーキテクト
PLMに求められた要件
分断された状態を乗り越えるために、トゥルク市には、サービス、データ、そして意思決定プロセスを組織全体で結び付ける「構造的バックボーン」が必要でした。求められていたのは、単なる従来型のITシステムではありません。トゥルク市が必要としていたのは、次のようなことを実現できる統合モデルでした。
- 部門横断で一貫したサービス定義を行うこと
- リソース、プロセス、アクセスポイントを含め、サービス提供の仕組みを可視化すること
- サービスを設計から改善・適応まで、ライフサイクル全体で管理すること
- 運営データと財務・戦略計画を連携させること
- SAP、Webプラットフォーム、国家基盤システムなど既存システムと統合すること
トゥルク市は、解決策を公共部門の外にも求めました。そして、「企業であれば、この課題をどのように解決するだろうか?」という問いを立てたのです。
その答えは、サービスを「構造化され、設定可能なエンティティ」として扱い、製造業における製品管理のように、ライフサイクル全体を通じて管理するという考え方でした。ただし、それを公共行政の現実に適応させる必要がありました。
これは、個別サービスを案件単位で管理する発想から、サービスライフサイクル全体を通じた価値創出を管理する発想への、決定的なマインドセットの転換を意味していました。
Aras Innovator による成果
トゥルク市は、新しいサービスモデルの中核基盤として Aras Innovator を採用しました。このプラットフォームは、物理的な製品を管理するのではなく、自治体サービスをモデル化し、ガバナンスするために活用されています。
各サービスは、内製、外部委託、ハイブリッド型などの提供形態ごとに構造化され、それに関連するリソース、依存関係、アクセスポイントも含めて管理されています。アクセスポイントには、Webサイト、予約システム、物理的な施設拠点などが含まれます。これにより、市民が実際にどのようにサービスを利用・体験しているかを反映したシステムが構築されました。
Aras Innovator は、単なるフロントエンドアプリケーションとしてではなく、サービスデータ全体を支えるガバナンスレイヤーとして機能しています。情報は中央で一元管理され、市公式サイト(turku.fi)、国家サービスプラットフォーム、地図・位置情報サービス、予約システム、図書館システムなど、市内の各種デジタル接点へ自動配信されます。
さらに、SAP やデータウェアハウス環境との統合により、サービス構造と財務プロセスが結び付けられ、より整合性の高い計画立案や調達プロセスの基盤が整備されました。
現在、このプラットフォームでは数百に及ぶサービスと、約700のアクセスポイントが管理されています。可視化を実現しただけでなく、このシステムは組織全体に共通言語をもたらしました。
従来は独立して運営されていた各部門が、共通のデータモデル上で業務を行うようになったことで、これまで縦割り構造が支配していた領域でも、部門横断的な連携が可能になりました。
同時に、サービスデータはデータウェアハウスやBI(Business Intelligence)環境とも連携され、リソース配分や財務フローの理解も大幅に向上しています。ここにおいて、変革は具体的な形となりました。サービス、運営、そして財務が、一つの統合されたシステムとして結び付いたのです。
Aras Innovator の導入は、Fulvisol 社との緊密な協業のもとで進められました。Fulvisol は、トゥルク市におけるサービスデータモデル設計とシステムアーキテクチャ定義を支援し、さらに、概念的なサービスモデルを拡張可能かつ実運用可能なプラットフォームへと具体化する上で、重要な役割を果たしました。
これは単なるテクノロジーの話ではありません。サービスに対する考え方そのものを根本から変える取り組みです。個別に存在するサービスを、市民に対するエンドツーエンドの価値へと変革しているのです。
— ユハ・マルミヴィルタトゥルク市 エンタープライズアーキテクト
成果
トゥルク市の変革は現在も進行中ですが、その成果はすでに明確に現れています。市は初めて、すべてのサービスを包括的かつ構造的に把握できるようになりました。どのようなサービスが存在し、それらがどのように定義され、互いにどのようにつながっているのかを可視化できたことは、組織自身の在り方に対する理解を根本から変えるものでした。
これまで、意思決定は推測や部門ごとの限定的な知識に依存していました。しかし現在では、一貫性のある共有データに基づいた意思決定が可能になっています。
部門間の連携も大幅に改善されました。共通データモデルの導入によって、かつて縦割り構造が支配していた領域でも調整と協働が可能になったのです。これは、組織構造を再編したからではなく、共通基盤が整備されたことで、連携が「可能」になり、同時に「必要不可欠」になったためです。
市民にとっても、サービスはより見つけやすく、利用しやすいものになりました。情報は一貫性を保ちながら常に最新化され、複数チャネルで利用可能になっています。
また、構造化されたサービスモデルにより、トゥルク市が「サービスパス」と呼ぶ、複数サービスにまたがる複雑なニーズへの対応も強化されました。これは、個別の要望に対応するだけでなく、市民の人生全体にわたる状況へ対応するという、このプログラムの中核的な理念を体現しています。
最も重要な戦略的インパクトは、まだ形成途上にあります。しかし、その方向性は明確です。トゥルク市は現在、「サービスベース予算管理」への移行を進めています。これは、リソース配分を組織単位ではなく、サービスの構造と価値に基づいて行う考え方です。
これにより、サービスポートフォリオを動的に評価し、実際の需要に応じてリソースを最適化し、さらに財務制約を長期計画へ最初から組み込むことが可能になります。
この意味において、Aras Innovator は単なる記録システム(System of Record)ではありません。それは、新しいガバナンスモデルを実現する基盤となっているのです。
私たちはここで、製品を管理するためにPLMを使っているのではありません。すべての市民が利用するサービスを管理するためにPLMを活用しているのです。
— ソイレ・ケイナネンFulvisol プロジェクトマネージャー
今後の展望
トゥルク市の取り組みは、公共部門におけるデジタルトランスフォーメーションの本当の難しさが、テクノロジーそのものではなく、「構造」にあることを示しています。
現在、同市は、サービスを相互接続されたシステムの一部として継続的に設計・管理・改善していく運営モデルを構築しています。将来的には、このアプローチによって、より柔軟で、データに基づき、市民中心の意思決定が可能になると期待されています。
このアプローチが強力なのは、高い汎用性を持っているからです。分断、透明性不足、連携されていない意思決定、そして国家改革後の限られたリソースでより多くを実現しなければならないという課題は、トゥルク市特有のものではありません。これらは、ヨーロッパをはじめ世界中の自治体に共通する課題です。
トゥルク市が示しているのは、こうした課題は個別サービスを単独で最適化するだけでは解決できない、ということです。必要なのは、サービスの構造、接続性、そしてガバナンスのあり方そのものを再設計することなのです。
つまり、トゥルク市は今、「都市全体を一つのシステムとして運営する」方法を学び始めているのです。
財務担当者は現在、資金が実際にどこへ使われているのかを、はるかに明確に把握できるようになりました。
— ソイレ・ケイナネンFulvisol プロジェクトマネージャー
